岩田陽葵、朗読劇『成瀬は天下を取りにいく』で躍動 主役の熱演に観客を魅了

朗読劇『成瀬は天下を取りにいく』

女優の岩田陽葵が13日、東京・草月ホールで開幕した朗読劇『成瀬は天下を取りにいく』の初日公演に出演し、主役の成瀬あかりとして観客を魅了した。シリーズ累計150万部を突破した宮島未奈氏の本屋大賞受賞作を舞台化した本作は、声だけで物語を描き出す朗読劇として、岩田をはじめとする人気声優陣による日替わりキャスト制で全6公演が上演されている。

宮島未奈氏による小説『成瀬は天下を取りにいく』(新潮文庫刊)が原作。2023年の刊行以来、文学的な評価だけでなく、読者の口コミを中心に人気が拡がり、本屋大賞をはじめとする数々の賞を受賞している。

ストーリーは、2020年、中学2年の夏休みに、幼なじみの成瀬あかりが「コロナ禍に閉店を控える西武大津店に毎日通い、中継に映る」と言い出すところから始まる。M-1挑戦や髪での長期実験、市民憲章の暗記など、今日も全力で我が道を突き進む成瀬の姿が描かれる。

その物語が朗読劇として上演。人気と実力を兼ね備える声優たちによる日替わりキャスト制で、毎公演ごとに異なる表情を楽しめる。この日上演した回では、成瀬あかり役を岩田陽葵が、島崎みゆき役を紡木吏佐が、西浦航一郎役を梅田修一朗が担当した。

岩田陽葵が演じる成瀬あかりというキャラクターは、一見突飛で常識外れにも映るが、岩田の演技はその芯にある「まっすぐさ」や「孤独」といった繊細な感情まで丁寧にすくい上げていた。特に印象的だったのは、感情を爆発させるようなシーンではなく、日常会話の中ににじむ決意や、他人とのズレを恐れずに貫く言葉の“強さ”を、極めて自然なトーンで表現していた点だ。朗読劇という制限された形式の中でも、彼女の声には圧倒的な熱量と説得力が宿り、成瀬の「島崎、わたしはお笑いの頂点を目指そうと思う」という一見突飛な宣言に、観客が自然と心を寄せてしまう力があったという。岩田の舞台やメディアミックス作品で培われた芝居の芯の強さ、明るさの中に垣間見える繊細な感情表現が、成瀬の多面性を鮮やかに浮かび上がらせていた。

本作において、岩田と島崎みゆき役を演じた紡木吏佐の掛け合いは、物語の感動やリアリティを支える重要な要素であり、特に“漫才”のような軽快なやり取りは、本作の大きな魅力のひとつとなっていた。成瀬と島崎の関係性は、いわば「ボケとツッコミ」のような構造に近い。岩田演じる成瀬は、自分のやりたいことには一直線で、常識にとらわれない言動を繰り返す。その突飛な発言や行動に、紡木演じる島崎が即座に冷静かつ的確なツッコミを入れる――このやり取りが、朗読劇でありながらもまるで本物の漫才コンビのようなテンポ感と絶妙な“間”で展開され、観客をたびたび笑いに包んだ。

ただの笑いに終わらないのもこの掛け合いの特徴だ。成瀬の無茶ぶりを受け止めながらも、島崎自身も少しずつ影響を受けて変わっていく。その成長の過程が、ふたりの会話やツッコミの“温度の変化”として滲み出ており、笑いの中にじんわりとした感動が同居していた。

声優としての技術はもちろん、舞台経験豊富な二人だからこそ出せる空気感、即興的にすら思える間合いの取り方、そして何より“掛け合いを楽しんでいる”ことが伝わってくる演技は、観客にとっても非常に心地よく、作品全体の魅力を底上げするものだった。岩田と紡木のコンビネーションは、物語に笑いと温もり、そして深い絆を与えていた。

梅田修一朗が演じる西浦航一郎とのシーンも、物語の中で特に印象的な瞬間のひとつだった。成瀬の明るく突き抜けた性格と、西浦の穏やかでやや慎重な態度が対比をなしているため、二人の掛け合いには自然と緊張感と温かみが同居していた。岩田のエネルギッシュなセリフ回しが西浦の冷静なツッコミやリアクションにぶつかり合うことで、リアルな高校生同士のやり取りのような臨場感が生まれたという。

特に、成瀬が「二百歳まで生きようと思っている」と語るシーンでは、岩田の熱量と決意の強さがひしひしと伝わり、それに対し梅田は戸惑いながらも徐々に彼女の真剣さを受け入れていく様子を繊細に表現した。二人の声が重なり合い、時にぶつかり合いながらも、相互理解へと向かうプロセスが観客の胸を打ったという。

朗読劇ならではの声だけのやり取りでありながら、声のトーン、間合い、呼吸のタイミングが絶妙で、まるで目の前で二人が息づいているかのような錯覚を覚えた。岩田の明るさと梅田の優しく見守る姿勢が織りなすこのシーンは、作品全体のテーマである「友情と成長」の象徴として強く心に残るものとなっていた。

本作の演出を手がけたのは、演出家・野坂実氏だ。リアリズムと会話劇に定評がある野坂氏の演出は、「声だけで世界を立ち上げる」という朗読劇の特性と絶妙にマッチしていた。野坂氏はこれまでもシンプルな空間演出で深い人間ドラマを紡ぐ手腕を評価されており、本作でもその力量が随所に発揮されている。セリフの間、呼吸の流れ、登場人物同士の距離感――それらすべてが「リアルな高校生たちの青春」として舞台上に存在した。

朗読劇のために書き下ろされたオリジナル音楽も、本作の世界観を大きく支えていた。場面ごとの空気を繊細に彩る音楽は、野坂氏の演出と調和し、言葉と音が一体となった“情景”を立ち上げていた。特に成瀬あかりというキャラクターの“浮き立つような個性”を強調しつつも、物語全体を包む静かな温度感や空気の揺らぎを丁寧に演出していた点も印象的だ。キャストごとの解釈の違いにも柔軟に対応し、それぞれの回にしか生まれない“化学反応”を引き出した点からも、演出家としての高い信頼と感性がうかがえる。

終演後のアフタートークでは、岩田陽葵、紡木吏佐、梅田修一朗の三人が、本公演の感想、役への思い、演出についてなどを語った。岩田は、「原作に強い人物像があるからこそ、自分の声で演じることに不安があった」と正直な心境を語り、「皆さん、不安じゃなかったですか?」と客席に問いかけた。会場から大きな拍手が起こると、岩田は笑顔を見せた。この拍手は、彼女の挑戦がしっかりと届いていたことを証明するものだった。

紡木は、「今回の朗読劇は3公演ともキャストが違っていて、それぞれに違う解釈があって、観るたびに新しい発見がある舞台になっている」と語った。「成瀬という存在に対する向き合い方も毎回違って、そこがこの作品の面白さでもある」と続け、日替わりキャスト制ならではの魅力を客席に伝えた。

梅田は、「これまで比較的しっかりした役柄を演じることが多かったので、今回のように揺れ動く、どこか頼りなさもある高校生の役はあまり演じた事がなく、チャレンジだった」と語った。西浦の戸惑いや迷いを声だけで表現する難しさを感じつつも、「新しい一面を見せられたら」との思いで取り組んだことを明かし、客席からも温かい拍手が送られた。

三人は、野坂演出の許容する即興の余地や、演技の呼吸を取ることの重要性を口にし、「同じ台本でも日ごとに異なる空気が生まれるのが朗読劇の醍醐味だ」と話した。充実感あふれる3名の出演者とともに作品を振り返りながらも、大いにトークが弾んだという。

朗読劇『成瀬は天下を取りにいく』は、9月13日から15日まで東京・草月ホールで上演。出演は日替わりで、9月13日は岩田陽葵、紡木吏佐、梅田修一朗。9月14日は女優の安済知佳、諏訪ななか、今井文也。9月15日は女優の若山詩音、青木陽菜、石谷春貴が務めている。

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